【ロコ・ビエルサ】とニューウェルス・オールドボーイズ(Club Atletico Newell`s Old Boys)

アルゼンチンサッカー

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Cómo está?(お元気にしてますか?)

今回は名門ニューウェルス・オールドボーイズとビエルサについて触れたいと思います。

先日監督就任したモノ・ブルゴス監督のニューウェルス・オールドボーイズは引き分けのスタートとなりました。

https://sergio-angel-makiblog.com/%e3%83%a2%e3%83%8e%e3%83%bb%e3%83%96%e3%83%ab%e3%82%b4%e3%82%b9%ef%bc%88mono-burgos%ef%bc%89%e3%83%8b%e3%83%a5%e3%83%bc%e3%82%a6%e3%82%a7%e3%83%ab%e3%82%b9%e3%83%bb%e3%82%aa%e3%83%bc%e3%83%ab%e3%83%89/

試合内容はシメオネを思わせる固い内容だったようです。

 

※追記 2021/8/3

ブルゴスは若手を積極的に起用したりし、チーム改革を進めたようですが、結果が伴わなく、永遠のライバルであるロサリオ・セントラル戦で負けたということもありチームと合意の上、契約を解除したようです。

2021シーズンの監督は、ニューウェルス・オールドボーイズ出身のフェルナンド・ガンボアが6月に就任しました。

ガンボアはニューウェルス・オールドボーイズの監督は2008年以来2度目の指揮になります。

 

ニューウェルス・オールドボーイズ(Club Atletico Newell`s Old Boys)

 アルゼンチンで3番目に人口の多い“ロサリオ”に本拠地を置くアルゼンチンを代表するクラブの1つ。

ロサリオ周辺は良い選手を輩出する土壌があるらしく、その中でも選手育成に定評があるのがニューウェルス・オールドボーイズです。

名だたる選手がプレイヤーとして、そして指導者、監督として世界へ羽ばたいていってます。

1980年代以降では

・ホルヘ・バルダーノ

・アメリコ・ガジェゴ

・リカルド・ジュスティ

・ファン・シモン

・タタ・マルティーノ

・アベル・バルボ

・ネストル・センシー二

・ガブリエル・バティストゥータ

・ダリオ・フランコ

・マウリシオ・ポチェッティーノ

・エドゥワルド・ベリーソ

・フェルナンド・ガンボア

・ワルテル・サムエル

・リオネル・スカロー二

・アルド・ドウシェル

・ファクンド・キロガ

・ルーカス・ベルナルディ

・ガブリエル・エインセ

・レオナルド・ポンシオ

・マキシミリーアノ・ロドリゲス

・フェルナンド・ベルスキ

・オスカル・ウスタリ

・エセキエル・ガライ

・イグナシオ・スコッコ

など

またライバルチームであるロサリオ・セントラルからは

・エドゥワルド・コウデ

・キリ・ゴンサレス

・アンヘル・ディ・マリア

・ロ・チェルソ

など

その他のロサリオ出身者をあげると

・リオネル・メッシ(ニューウェルスの下部組織所属後、スペインへ。トップデビューはバルセロナ)

サンティアゴ・ソラーリ(ニューウェルスの下部組織出身ですが、トップデビューはリーベル・プレート)

・エベル・バネガ(ニューウェルスの下部組織にいましたが、トップデビューはボカ・ジュニオルス)

そして“エル・ロコ“こと“マルセロ・ビエルサ”もロサリオ出身です。

 

※余談ですが革命家“チェ・ゲバラ”もロサリオ出身

 

ビエルサの言葉でニューウェルス・オールドボーイズのフィロソフィーは

“80年代に育成のスペシャリストである、ホルヘ・グリファという人物が作り上げたもので、そのフィロソフィーとは下部組織でしっかりと若手を育て上げてトップチームに送り込むというもの“

と語られています。

 ホルヘ・ベルナルド・グリファ(Jorge Bernardo Griffa)

1935年生まれ

元プロサッカー選手

元アルゼンチン代表

ニューウェルス・オールドボーズでデビューしスペインのアトレティコ・マドリード、RCDエスパニョールでもプレー。

引退後は、ニューウェルス・オールドボーイズの育成年代の指導に当たり、その時に関わったのが上記に挙げた選手達でありビエルサです。

ホルヘ・グリファはニューウェルスでの手腕を認められ、当時ビアンチ監督のもとで黄金時代を築いたボカ・ジュニオルスに引き抜かれます。

その時に育てた選手で世界的に有名なのが

・カルロス・テベス

・セバスティアン・バタグリア

・フェルナンド・ガーゴ

・エベル・バネガ

など。

エベル・バネガは、幼少期はロサリオで育ちメッシとは町のライバルチームとして何度か対戦していたみたいです。

そして、グリファがボカへ引き抜かれるタイミングでバネガもボカへ移っていきボカでトップデビューします。

マルセロ・ビエルサ(Marcelo Bielsa)

グリファから大きな影響を受けているビエルサが、ニューウェルス・オールドボーイズの監督になったは1990年。

国内リーグを2度獲得し、1992年にコパ・リベルタドーレスの決勝に進出しますが、テレサンターナ率いるサンパウロにPK戦で敗れてしまいます。

この時のメンバーには、マウリッシオ・ポチェッティーノ、エドゥワルド・ベリーソ、ダリオ・フランコ、フェルナンド・ガンボア、タタ・マルティーノなどがいました。

ビエルサを初めて知ったのがこの時で、当時のサッカーマガジンにコパ・リベルタドーレスの記事が載っていました。

その時は、映像もないので記事を見て想像するしかなかったのですが、1998年代表監督に就任するのがビエルサと報道された時に、点と点がつながったのをよく覚えてます。

ビエルサが監督に就任したのが1998年。フランスワールドカップの代表監督だったパサレラ辞任後、ユース年代で結果を残していたホセ・ペッケルマンが、次期監督の有力候補だったんですが、ペッケルマンは代表全カテゴリーのゼネラルマネジャーのポジションに就き、ペッケルマンの推薦により、ビエルサが監督になったという経緯があります。

今では、日本でもビエルサの名前を知らないサッカーファンはほとんどいないかと思います。

ビエルサは1955年生まれなので2021年時点では67歳。

最近、ビエルサを知った人はおじいちゃん的な印象かと思いますが、アルゼンチン代表監督に就任したのが43歳の時です

43歳!?

若いですよね!!

日本人で現在43歳というと柳沢敦、三都主アレサンドロ、戸田和幸、平瀬智行、廣山望、福田健二の世代。

彼らの世代が代表監督に就任するようなもので、しかもサッカー大国のアルゼンチンの監督。プレッシャーは相当なものだったと想像します。

個人的な意見ですが、アルゼンチン人はエゴの塊の人の割合が非常に多いように感じます。

アルゼンチン人は、そういった側面を持ち合わせているので、プレッシャーとかそういった精神面での強さは、サッカー界では世界1なのではないかなと思っています。

その中でも、ビエルサは飛び抜けてメンタルが強いのは間違いないはずです。

何と言ってもニックネームが “El Loco”(狂人)ですから・・・

数々の逸話が報道されていますが、ビエルサの素顔がより描かれた本が日本でも発行されています。

 

▼「“ビエルサの狂気” 知られざる戦術マニアの素顔」

内容は20011-2012シーズンのアスレティック・ビルバオ時代の、監督業とその合い間に見られるビエルサの素顔が書かれています。

戦術云々は書かれていませんが、ビエルサの人物像が描かれているので

ビエルサとはどんな人物なのか?」

を知るには十分の内容となってます

 

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最後に

大好きなビエルサのドキュメンタリーを紹介します。

最後に日本人の方が写真をお願いして一緒に収まるシーンがあるのですが

その時に日本のことについて触れてくれてます

Descubriendo a Bielsa Documental Canal + (2012)
Descubriendo a Bielsa Documental Canal + (2012)

”De donde sos vos?”

どこから来たのか?

と尋ねられ

日本(Japón)から来たと伝えると

”Japón gran pais、Japón Gran pais”

日本は偉大な国だ 、日本は偉大な国だ

”Gran、gran pais、de gente decente、honesta”

日本は偉大な国で、人は正直で礼儀正しい

と3回もGran paisと言ってくれてます

忖度しないビエルサから賞賛してもらうと嬉しいですね!!

 

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